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受けとるということ。

  • 2 日前
  • 読了時間: 3分

ヨガは形ではない。意識の深層と「待つ」——ワークショップでの学び


先日アキ先生の陰陽ヨガワークショップに参加してきました。

そこで触れたのはポーズの練習を越えたヨガの真髄といえる深い時間でした。


クラスはベーシックなアサナが中心。

けれどその内側にある意識の持ち方がこれまでとはガラリと変わる内容だったのです。


「外側」に答えを求める習慣を手放す


ヨガの教えにおいて「ポーズは形ではない」とよく言われます。

頭では理解していてもいざマットの上に立つと私たちはつい正解を外側に求めてしまいます。

「もっと深く曲げたい」

「綺麗にポーズを決めたい」

そうやって何かに到達しようとするとき、私たちの意識は外側へと向いています。


身体の仕組みで言えば意識的に操作しやすいのはアウターマッスルです。力を入れれば筋肉が収縮し動かしている実感が得やすい。

けれど本当に身体を内側から支え巡りを生むインナーマッスルは、自分の意思で無理やりコントロールすることはできません。


内側の力は自ら使うものではなく身体から発せられる微細なサインを静かに受け取ったとき、はじめて勝手に使われていくものです。


「頑張る」ほどに遠のく軽さ


もっと深く、もっと正しくと頑張れば頑張るほど求めている軽さからは遠ざかっていく。

これはヨガ哲学でいうアパリグラハ(不貪・執着しないこと)サントーシャ(知足・足るを知る)にも通じます。


何かを得ようと必死になることは今の自分を否定して外側に依存している状態。その力みこそが自由な動きを制限している正体です。


私たちは何かをすることは得意ですが、ただそこに在ることや、じっと待つことを苦手とします。

しかしヨガの真髄はまさにその焦らず、待ち、受け取るという静かなプロセスの中にあります。


「今」に意識を向けるという練習


ポーズをとっている最中、前はもっとできたのに。という思いがよぎることがあります。

それは意識が今ではなく過去の成功体験という記憶に囚われている状態です。

過去に生きることで今の身体が発しているリアルな声が聞こえなくなってしまう。

できる・できないに執着した瞬間に生まれるジレンマ。

それらに気づき手放していくプロセスこそがヨガの面白さであり醍醐味です。

頑張らないということは決して何もしないことではありません。

それはエゴによるコントロールを手放し自然な理(ことわり)に身を委ねるという極めて能動的な選択です。


指導者としての試行錯誤そしてシェア


ポーズの形を教えることはできてもその先にある深い意識を伝えること。

これは私が指導者として最も試行錯誤し大切にしている部分でもあります。

ワークショップを受けた翌日身体の軽さはまさに別格でした。

余計な力が抜け内側からエネルギーがスッと通っている感覚。

この素晴らしい気づきを私自身の体験としてこれからのクラスで皆さんに心を込めてシェアしていきたいと思っています。


スタジオでみなさんと一緒に「今」を味わえる時間を楽しみにしています。


真紀



 
 
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