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完璧な人にならなくていい。

  • 2 日前
  • 読了時間: 4分

更新日:1 日前

今朝ランニングをして掃除をして瞑想をして心がとても客観視できる状態にありました。


その静けさの中でわたしの人生を長い間縛り続けていたある思い込みと家族の間で受け継がれてきた心の構造がクリアにみえてきたんです。


そこで私の人生を縛り続けていた呪縛の正体とそれが世代を超えて受け継がれてきた

業(カルマ)の構造が観えきたのです。


忘れないうちにこの気づきをブログに書き残しておきます。


世代を超えて繰り替えされてきた【頑張る】という業


私は昔から物事を突き詰めたりストイックに自分と向き合ったりすることが得意でした。


でもその裏には幼い頃に母親から否定された経験から生まれた頑張り続けなければ自分には居場所がない(価値がない)という強固なルールがありました。


だからこそ、自分の周りで頑張らない人や途中で逃げる人を見るとジャッジしてしまう自分がいたのです。そうやって他人の弱さを否定しなければ必死に頑張っている自分を守れなかったからだと思います。


1. 世代を超えて繰り返されてきた「頑張るルール」の終わり


けれどヨガを深める中である事実に気がつきました。


私の母親もまたその上の祖母から努力家で辛抱強い子と刷り込まれそう生きることでしか自分の安全を守れなかった傷ついた子供だったのではないか、と。


母が悪かったわけでも誰かが悪意を持っていたわけでもない。


ただ脈々と何世代にもわたって受け継がれてきた頑張ることでしか生きていけないという

一族のカルマのルールをみんな必死にこなしていただけだったのです。


母もあのルールの中で必死にサバイバルしていただけだったんだ。


そのように納得がいったとき長年抱えていた荷物が消えていきました。


私がこの構造を客観的に見つめた時点で何世代も続いてきた見えない鎖は切れたのだと感じています。


2. 「頼られたい私」と「ひとりが好きな私」


このルールを手放して私は自分の本当の「性質(OS)」に降参することにしました。


私には人を引っ張る才能があります。


人と関わることが大好きで誰かに頼られると体の底から力が湧いてくる。

プレッシャーがかかる環境やちょっと厳しい状況であるほどなぜかエネルギーが燃えるのです。


しかしその一方で私はひとりでいる時間も深く愛しています。


自分の中に秘密や課題があっても人に話すことはありません。

自分の問題は自分で解決するものだと思っているし人に甘えたり頼ったりすることがとても苦手だからです。


人と関わりたい、頼られたいけれどベタベタした関係は苦手。


この矛盾した性質を持っているからこそ大人数でワイワイと楽しそうにクラスを作っている他の先生たちを見てふと嫉妬に似た感情を覚えることもありました。


けれどそれは私のOSが悪いわけではなく単に仕様が違うだけ。


私のエンジンは馬力が強くて出力が高いからみんなでゆっくりドライブするような場所にはそもそも向いていないのです。


3. 「分からない」という誠実な境界線


私ははじめからふんわり幸福な人の気持ちは分かりません。経験していないからです。


私にはあなたの感覚は分からない。だって私の人生じゃないから。


そうやって相手との間に境界線を引くことは一見冷たいようでいて実は相手の領域を侵害しないための誠実な敬意(アヒムサ・非暴力)なのだと思っています。


その代わり私には痛いほど理解できる領域があります。


頑張ることでしか自分を証明できなかった苦しさや刷り込まれたルールに縛られて息ができないほどの重さ。


そこから自分のOSに気づき主体性を取り戻していくときの自由感。


万人受けするみんなの先生にはなれないし誰にでもついてこられる熱量ではないかもしれない。


けれど本気で自分と向き合い自分の足で立ちたいと願う人にとってはこの私ならではの熱量がまっすぐなガイドになると信じています。


まぁ、私のままでやるしかない。


世間一般の誰からも愛される優しい先生やワイワイ楽しいスタジオの型に自分を無理やりハメ込むのは違和感がある。


自分のOSを無視して無理したってどうせボロが出るだけだし何より私が一番つまらないからです。


自分のストイックすぎるところも寂しがり屋のくせに1人が好きな面倒くさいところも全部私のスペックとして付き合っていく。


そして、こうして自分の不器用なOSに降参してようやく気づけたことがあります。


私はずっと1人で生きているような顔をしていたけれど、この尖った性質を面白がってくれたり、時には見守ってくれたり関わってくれた人たちがいた。


私がこうして自分のままで立っていられるのは間違いなくそんな周りの人たちのおかげなのだと。

今は心から本当にありがたいなと思っています。


誰にでもおすすめできるスタジオではないかもしれないけれど、このちょっと濃いめの空間が心地いいと感じる人とこれからもエンヨガスタジオで面白い時間をシェアしていけたらいいなと思っています。



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